
「学校をつくるのは誰か」が明らかになった高校統廃合問題
京都府立高等学校教職員組合副執行委員長 佐古田 博
具体的に動き始めた府立高校つぶし
府教委の武田教育長(当時)は三月一八日の府議会予算特別委員会で、府立高校再編について、宇治市と八幡市でそれぞれ二校を対象として一校に統合する方針を示しました。「校風、伝統は引き継ぐから発展的統合だ」と強弁していますが、何と言おうと、紛れもない統廃合による高校つぶしであり、洛東病院つぶしや自治体つぶしと並ぶ「府政リストラ」に他なりません。
三月末で退任した武田氏は、退任会見で「府立高校改革に道筋をつけることができ、充実した四年間だった」と語り、「山城地域の府立高再編を決着させたかった」と残念がっています。子ども達や住民にとって大切な高校をなくすことを「手柄」にする神経は、多くの高校で新入生オリエンテーションが行われているその日に、府議会で高校つぶしを答弁してはばからない神経と通じるものがあります。私たちは、この根拠も道理もない高校統廃合に断固反対して、多くの府民のみなさんと力を合わせて地域の公立高校を守り発展させる運動を進めたいと思います。
真っ先に「統廃合反対!」の声を上げた高校生
この答弁に対して、私たち府立高教組は抗議声明を明らかにし、きっぱりと反対の態度を打ち出したことは言うまでもありません。しかし誰よりも真っ先に「統廃合反対!」をアピールしたのは高校生でした。
渦中の宇治市にある城南高校は、山城地域では木津高校とともに旧制の時代からある伝統の古い学校です。その城南高校が今回の統廃合問題で大きく揺れています。教育長答弁の報道の中でも、朝日新聞は明確に「宇治市では西宇治と城南を一校に統合する案が有力」と書いています。府教委は「リンクしていない」と否定していますが、今回の高校統廃合が養護学校建設と裏腹の関係であることは、近隣にある養護学校の複数の校長が、「城南高校の跡地に養護学校を建設」する旨の発言をしていることから見ても明らかです。『朝日』の報道に対して府教委は「抗議文」を出していますが、報道内容そのものを否定しているわけではありません。養護学校の校長の話や地元の風評からすると、逆にその報道が極めて「真実味」を帯びていると考えざるを得ません。
城南高校生徒会は、おとな達が「(朝日の記事は)ほんまか?」と右往左往している間に、三月二五日に極めて鮮明な反対声明を出し、在校生たちにアピールしました。彼らは「もし『西宇治・城南案』で統廃合問題が進んでいくと、今年入学してくる新一年生は後輩がいなくなります。事実上、城南高校は廃校となり…」とし、「発展的統合だ」「校風、伝統は引き継ぐ」とごまかす府教委の意図をきっぱりと見抜いています。生徒会長のM君は、「僕個人としても、やはり自分の母校がなくなるのには寂しいものがありますし、なんとかして校舎を残してほしい」と率直に書いています。城南高校には、宇治市がすすめる小・中学校再編と小中一貫校設置問題が絡んで、「城南高校が廃校になったら、私が通った小学校も中学校も高校も全部なくなってします」と悲しむ生徒が多数います。M君の言葉は、そうした生徒たちの気持ちを代弁したものです。
「学校の主役は生徒です!」の宣言が持つ意味
高校生たちのとりくみは、一時の感情にまかせたものではなく、極めて冷静です。新聞報道があった翌日には、生徒会に「統廃合問題プロジェクトチーム」を立ち上げ、『朝日』に記事の真偽を確かめるなど情報収集を行って、活動内容を相談しています。その過程で生徒会は教頭に経過説明を求めていますが、教頭は「単なる噂だ」と答えているのには驚かされました。
彼らは四月十一日の入学式でも第二弾のビラを出し、三月の新入生説明会でも四月八日の始業式でも、統廃合問題について学校側が何も説明しなかったことに強く抗議しています。そして、「…城南生は被害者です。教育委員会は尚のこと、学校側は学校の主役である生徒にきちんとした説明を果たすべきです。このような重大な問題が、生徒をのけ者にして進められる。民主主義とは一体なんなのでしょうか? 私たちはこのようなずさんな対応に心から憤りを感じ、このままでは納得できません。このような状態で進む統廃合には、断固反対します」と訴えました。
私が重視したいのは、生徒たちの怒りが、「母校がなくなる」ということだけでなく、「学校の主役であるべき生徒に何も説明がされずに事が進んでいること」への怒りがあることです。生徒たちの怒りは当然すぎるほど当然のものです。
「今どきの高校生は…」などと言われる中で、私はこうした生徒会の奮闘を誇りに思います。この生徒会は、大久保駅頭で台風被害や中越地震の募金活動を行ったり、校内美化活動やニュースの発行など、日頃の地道な活動が評価されているそうです。それと同時に、「生徒に何も説明されないこと」を民主主義の問題としてとらえていることは重要です。高校生の中に憲法や教育基本法がしっかりと根づいていること、子どもの権利条約にうたわれる「意見表明権」や「こどもの最善の利益」が、こうした形で生きていることを感じるのは私だけではないでしょう。
本誌の四月号で、高南(高槻南高校)応援団長の佐藤雅紀さんが述べていることと共通しますが、子ども達に「おとなは信頼できるんだ」を示すことは、いま大変大事なことです。これは結局、「学校をつくるのは誰なのか」に行き着く問題であり、父母・教職員などの「おとな達」が、「子ども達」を学校づくりのパートナーととらえるかどうかにかかっているのです。
根拠と道理のない「適正規模」論
さて、府教委の「高校再編=統廃合計画」ですが、その具体像が明らかになるにつれて、その根拠と道理のなさがはっきりしてきました。
その第一は、府教委が高校つぶしの理由として事あるごとに強調する「(四〇学級のままで)一学年八学級が適正規模」という点です。この「適正規模」論は、以下の点で不当なものです。
(1) 今日ほど少人数学級の重要性が叫ばれる中で、「一学級四〇人」を不変の基準とする、時代遅れの考えであること。
(2) 「少子化が進行し、統廃合やむなし」の世論づくりをしようとしていますが、大きなごまかしであること。
山城地域の府立高校(一二校)は、在籍生徒数が最大となった一九九〇年度(在籍生徒総数一七,三二二名)には、一校あたり平均一四四三人が在籍しています。うち二校は千五百人を超えるという、現在では考えられない「超マンモス校」でした。同じ一二校で、二〇〇四年度(在籍生徒総数九,八一五人)は、一校あたりの平均生徒数は八一七人です。どちらが適正規模か、一目瞭然です。「適正規模」論は、教育委員会として教育条件整備を怠ってきたことを覆い隠すごまかし以外の何者でもありません。
(3) 全国的に見ても、八学級の学校規模(全校九六〇人)が「適正」だという根拠は何もありません。全国でも九〇〇人以下の全日制高校は七五%にのぼります(二〇〇三年度学校基本調査)。府教委の理屈でいくと、全国の高校の四分の三は「望ましくない規模」ということになります。また『京都民報』の全国調査では、「八学級」という基準を設定しているのは京都以外では大阪府・奈良県だけです。この二府県で突出した統廃合が行われていることを考えると、この基準は高校つぶしを合理化するための理屈なのです。
三〇人学級実現も養護学校建設も遅らせる高校つぶし
第二には、高校統廃合が「高校でも三〇人学級の実現を」の切実な願いを踏みにじることです。私たちは、高校でも学級の生徒数を少なくして、マンモス校でなくアットホームな雰囲気のもとで、きめ細かな指導が必要だと考えています。とくに多様な進路希望を持った生徒が学ぶ普通科では、その必要性が高いといえます。そうした観点から、私たちは全日制の学校規模の標準は、学級定員を三〇人としたうえで、「一学年八学級以内(三学年で七二〇人以下)」にすべきだと提案しています。こうした教育条件の改善をすすめるためには、少なくとも現在の学校数を維持することが必要です。高校べらしをすすめることは、高校での少人数学級の実現を極めて困難にするものです。
第三には、高校つぶしと新養護学校建設にリンクさせようとしている点です。「養護学校建設のためには、高校統廃合はやむを得ない」という世論づくりであり、地域の高校を守ることと養護学校建設を対立させようとするものであり、断じて許せません。
山城地域の子ども達を苦しめる入試「改革」と高校つぶし
他地域に先がけて山城地域で高校つぶしが進行する背景には、府教委が常に実験場としている入試「改革」があります。
昨年春の二〇〇四年度入試で、「通学圏の拡大」と「完全単独選抜」を柱とする大がかりな制度改変が実施されました。「選択の幅が広がる」「希望する高校に行ける」というふれこみで行われた入試「改革」が、山城地域の子ども達に混乱と過酷な競争を強いることになりました。
しかし冒頭に取り上げた高校生の奮闘だけでなく、おとなたちのとりくみの輪も大きく広がっています。三月五日には、父母・住民と教職員が参加して「山城地域の高校統廃合問題を考える会」が発足し、懇談会や学習会のとりくみを開始しています。府立高教組の南山城ブロックが緊急に呼びかけた統廃合計画の撤回を求める請願署名は、短期間のとりくみでしたが、多くの市民の協力を得て、三月末に一万筆を超える署名を提出しました。
山城地域以外でも再編計画が進行しています。定時制や分校つぶしも間近に迫っています。いま大切なのは、何よりも、一人でも多くのみなさんに事実を知ってもらうことです。府民のみなさんとの共同をひろげて、高校つぶし攻撃を打ち破っていきたいと考えています。